潮風薫るまち河原子

河原子が好き!

河原子住民による河原子発展のためのページです^^
ご興味のある方は是非、河原子に遊びに来て下さいませ^^
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●お知らせ●

河原子会報のデータが更新されました。

地名の由来

河原子は、もと「塩浜」といわれたが、河原子の名称の起こりは、当地域内にある千石(十石)に弁財天を祀(祭)った祠堂があった。このあたりは一面の荒地で「石田河原」と称していたが、慶長9年(1604年)大窪郷より分離の際、石田の二字を削り、河原の下に大久保(大窪)の分村という意味で「子」の字をつけて「河原子」と称するようになったといわれている。(河原子在住 宮田家の子文書による)
※出典 潮風薫るまち河原子いまむかしより

昔の風景

風 景

見どころ

河原子烏帽子岩

烏帽子岩は、もともとは地続きの台地であったが、波の侵食により約100mにわたって切断され、今日の姿になったもので、昔は岩の周囲にまで海水があり高さもかなりあった。昭和60年頃の港湾建設の際に埋め立てられ、海浜公園として整備された。烏帽子岩には、津神社が祀られ又中腹には、「藤田東湖」の詩碑が建てられている。東湖48歳の嘉永6年(1853年)福島県塙町で静養の帰途、門人の神官である宮田篤親を訪れ、その時、津神社の前で詠んだ七言絶句を町の有志により建碑したものである。※河原子学区コミ進公式HPより

河原子歩道橋

昇開式歩道橋
日立市には全国でも珍しい歩道橋があるのをご存知ですか?市内の工場で作られた大型の発電機等を茨城港日立港区まで運ぶ大型トレーラーの通行を妨げないために「昇開式可動橋」という上下に動く歩道橋が2か所あります。まちが寝静まったころ、それはパレードのように動き出すのです。
※日立市公式ツイートより

波切不動尊

南浜海岸の高台に建ち太平洋が一望できる景勝地にもなっている。
創立は不詳であるが、源義家公が奥州征伐の折、祈願されたと伝えられるほど古い歴史を持つ寺で本尊の波切不動尊は高野山から勧請したものである。特に漁師たちの信仰が厚く、漁業が盛んな頃は縁日などには多くの参拝者で混雑した。縁日は、毎月28日
※河原子学区コミ進公式HPより

鶴ケ塙

河原子地区では、一番高い台地(約30m)に位置し、眼下に水平線や美しい海岸が眺望できる場所である。江戸時代には、この地に郡奉行所と見張所を設置して外国船の警戒にあたったといわれている。現在は、市立河原子幼稚園(廃校)の敷地となっている。※河原子学区コミ進公式HPより

河原子台場跡

江戸時代末期、異国船が頻繁に近海に接近するようになり、海岸防備を強化するため、天保7年(1836年)大沼村に大沼海防陣屋が設置され、台場は河原子海岸台地(この付近)に配置された。500刄大砲3門と砲手9名が警備にあたった。※河原子学区コミ進公式HPより

河原子八景

河原子八景は、江戸時代末期、当地の史家によって設定され(作者不詳)のち、明治初期には宮田破魔太郎によって、若干選定地の異なるものがつくられた。また土産物として商店から販売された。明治37年7月発行の「常陸河原子八景之真図」がある。これには「河原子海水浴場の景」を画面中央に、周囲には区面して新しい和歌を入れた、八景の風景画が配されている。(画家の人物不明)選定地は江戸末期、景観の原画(選定地から眺めた風景)は、明治37年のもので紹介します。
※説明文は河原子コミュニティ推進会公式HPより拝借させて頂きました。

津の宮の帰帆

津の宮は、烏帽子岩の中腹に祀られている。その烏帽子岩に登り、漁船の帰りを眺める情景は、素晴らしいものがあった。昔は自然地形を利用した船溜まり的な港であったが、現在は、旧港湾の一部を埋め立て、新港湾が建設されている

梶沢の晴嵐

梶沢川が海に注ぐ台地で、昔は、若松が見事な枝を伸ばして、風情があった。
塩釜神社が祀られていたところでもある。現在は松林も失われ、駐車場となって、当時の面影がない。屋根越しに日立の海岸線が続く。

孫沢の夜雨

昔、要害城が築かれた跡地で、現在は、日立製作所の保養所「要害クラブ」がある。その南側の桜川(旧、孫沢川)に面した所で、特に、夜の雨は言い知れぬ哀愁を、覚えさせたのである。

日向の夕照

河原子小学校山側の日向墓地一帯の丘で、今まさに太陽が西に沈まんとし、日向の森に残照を赤くなげかける頃、野良から帰る人々の、疲れを癒してくれたという。現在、西の方角は、水田から住宅地に変わり、家が建ち並び風景も一変している。

田名保の落雁

田名保は、東福寺あたりから、河原子小学校付近までの高台一帯で、ここから
西方にひろがる田んぼは、秋風に黄金色の澄みわたる広野であった。元の日立
電鉄、河原子駅から日立メデカルセンターの方向に、雁の群れが降り立つ情景を
めでたものである。

那知の晩鐘

河原子中学校の山側一帯に、那知山、太子堂、鹿島山などの地名があり、神社、
鐘撞堂があったのであろう。すでに晩鐘は消えてなくなり、昔の人々にとって、なつかしい印象であったに違いない。現在、跡地は、那知山団地が造成され、たくさんの住宅が立ち並び、場所は、特定できない。

新地の秋月

新地の海岸の高台に、波限不動尊がある。昔は、弘法大師が開基したという、
龍王山、不動院、南光寺があった。秋の夜、満月が茫々とし大海原に、映ずる
のを眺めるとき、何ともいえぬ風情があった。

東福寺の暮雪

本宿の高台に無量山、東福寺がある。街並みから眺める風景、特に、雪が
降りしきる夕暮れの雪景色に、特色があったので人々はめでたのである。

お祭り&イベント

夏祭り「天王様祭」 (須賀神社)

地元の伝統行事(お祓神事)神輿渡御。お汐垢離のため海中へ神輿(天王様)を浸す。「子どもみこし」参加。例年、夏を迎える風物詩となっている。

ひたちサンドアートフェスティバル

私たちの住む、日立市には、環境省選定の 『快水浴場 百選』に選ばれた海水浴場が、3ヶ所(伊師浜、河原子、水木)もあり、これは、全国的にも稀な地域になります。この海の恵みを活かし、北関東に位置する、日立の海水浴場の活性化を目指して開催されたのが、2010年から催されている<ひたちサンドアートフェスティバル>です。そして、年に1度、河原子の港や海岸で行われる、このイベントの核になっているのが<サンドアート>になります。初回から行っている【劇場型花火】や、年々充実している【アトラクション】などこの日にしか楽しめないイベントが目白押しの<ひたちサンドアートフェスティバル>に是非一度、足をお運びください。※今年は開催されませんでした。
※公式ホームページより

河原子海上花火大会

ひたち河原子海上花火大会は、毎年8月の第一土曜日に開催される花火大会です。時間は19:30頃〜20:30頃まで
総打ち上げ数は約1000発であり最大尺玉の1尺玉が6発打ち上げられます。

河原子海水浴場宝探し大会

恒例のお楽しみ宝探し!ご家族連れ大歓迎です。(無料:参加多数の為
12:30~12:50に整理券を配布し、300名制限となります。)

PLACE

震災以降、地元を盛り上げるために始まったチャリティー野外フェス「PLACE」。最初は無名のバンドマンで立ち上げたイベントが会を重ねるごと大きなイベントとなりました。海に囲まれた会場で開催される子どもから大人まで楽しめるチャリティー音楽イベントです。

河原子学区まつり

10月に河原子交流センターで行われる学区のお祭りです。

その他地区のイベント

河原子海水浴場
白い砂浜と透き通る海が特徴で、地元の人々に親しまれてきた海水浴場です。「快水浴場百選」に選ばれており、古くから定番の海水浴場として知られています。また、アクセスも良く駐車場も充実しているため、県外の海水浴客の方にも人気でシーサイドにはホテルや旅館など宿泊施設も多く、泊まりがけで訪れる人も多い人気のスポットです。また海水浴場は北浜、河原子海水浴場と漁港側、南浜の4つの浜に分かれています。

北浜

河原子海水浴場

漁港側

南浜

主な施設

日立市河原子交流センター

河原子交流センターは、コミュニティ活動の拠点となり、市民相互の交流を促進する施設であるとともに、市民自らの手によって生涯学習事業を展開し、さらに、市民自らが介護予防に取り組むとともに高齢者の自立した日常生活の継続を支援する地域福祉の増進を図るための施設です。

河原子北浜スポーツ広場

海の見える公園です。ドッグラン施設や全18ホールのターゲットバードゴルフコース、インラインスケートやスケートボードが楽しめるスケートボード場、芝生広場があり、イベント会場としても使用されます。

湯楽の里 日立店

露天風からは河原子の海の絶景が楽しめ、屋内風呂やお食事処、お休み処など、一日を通してご家族からお一人様まで大変楽しめる温浴施設となっております。

ひたちBRT河原子停留所

日立市が渋滞が激しい南北方向の交通改善を図るため、取得した日立電鉄線跡地をバス専用道として整備、新交通システムとしてBRTを導入したもので旧久慈浜駅から旧鮎川駅までの約8.5kmを専用道路として整備し全体の完成後は一般道を経由して日立駅に乗り入れる予定です。

河原子住民の常識!

なぜかガソリンスタンドだけ多い!
味噌汁の具がない時は海へワカメを取りに行く

河原子会報18年11月号

 

学 校

河原子小学校

明治6年8月東福寺内に開設した河海舎を母体として開校した公立小学校です。

http://www.city.hitachi.lg.jp/kawarago-e/index.html

河原子中学校

1968年(昭和43年)4月9日に開校した公立中学校です。校章は「ペンは学芸を象徴し、若竹の葉は成長を意味する。科学の時代に生きる生徒の知識を広め、創造の力を伸ばし技を磨く姿をペンに託し、健康な身体、風雪にも耐え忍ぶ強い意志、そして素直な中にも節度ある生き方を若竹の葉に象徴した。構成に当たっては河中を中心にして伸び行く姿を意図したものです。

http://www.city.hitachi.lg.jp/kawarago-j/

公 園

かわらご児童公園

廃止された常陽銀行東多賀出張所から北側の会談の登ったところにある公園です。

神社&仏閣

天満神社

潮霧のけぶるこのあたりは河原子海岸を見下ろすように高台にあり、樹木にすっぽり覆われた天満神社がありました。鳥居の入り口には由来碑があり、それによると、学問の神さまとして崇め尊び奉る菅原道真公を祭神としています。
創立年紀は不祥ですが慶長13年(約400年前)大久保榎木に鎮座してあったものを、此処に移し、当時は北野天満宮と称し、元禄8年水戸光圀の命により、一村鎮守のため天満宮と改称し、二石二斗二升の除税地となりました。
後に天満神社と改称され、終戦後、神社の社格は撤廃され、宗教法人として存続し現在に至りました。
※手作りの庭と日立市の草花を綴るより抜粋

東福寺

河原子海岸から程近い東福寺(日立市河原子町)がある一帯は昔、田名保といわれました。河原子八景に「田名保の落雁」があります。
田名保あたりで秋風ふけば、雁のたよりに気がとめて、冴えた月夜の空をみあげていたのでしょうか。また河原子八景に「東福寺の暮雪」もあります。
※手作りの庭と日立市の草花を綴るより抜粋

民宿&旅館&ホテル

いりぼし旅館

http://www011.upp.so-net.ne.jp/iriboshi/

シーサイドホテル東館

http://www.azumakan.jp/

第二常作

https://ibanavi.net/shop/7413/

太平館

http://d51498.com/hotel/2943305962122

東洋館

http://www.kankou-hitachi.jp/section.php?code=87

ホテル永野屋

https://hotelnaganoya.com/

民宿こばやし

http://www.hitachijc.or.jp/bookmark/hotel/minsyuku/kobayashi.html

旅館河原子館

http://www.kankou-hitachi.jp/section.php?code=83

旅館鈴木屋

https://ibanavi.net/shop/3169/

旅館 千鳥屋

http://www.kankou-hitachi.jp/section.php?code=97

飲食店・お弁当・お菓子

味平

大久保屋製菓店

釜めし処 みなみ

からあげの宮本商店

源兵衛鮨

寿司処一光

デニーズ 日立河原子店

ビーチ バーガー 9

ほづみやうどん

本格中華料理 牡丹亭

麵屋めん吉

LaLa coffee (ララ カフェ)

レストランブランチ

和唐

スーパー・コンビニ・食料品

サンユーストア東多賀店

ヨークベニマル日立河原子店

セブンイレブン日立河原子海岸入口店

ミニストップ日立多賀店

青山商店

大内商店

かるべストア河原子店

黒沢米穀店

小森商店

トビタ酒店

Philippines Foods Store Rodale

丸昭鮮魚店

宮本米穀店

GSその他のお店

エネオス Dr.Drive東多賀SS /(株)吉田石油

ENEOS 日立河原子SS 日之出石油販売(株)

昭和シェル石油 関東礦油(株) 東多賀SS

モービル 東多賀SS

油屋

サンドラッグ日立河原子店

タイヤ館 ひたち多賀

ダイソー ヨークタウン日立河原子店

水木サーフ

医療機関・薬局・接骨院

瀬尾医院

大内歯科クリニック

瀬尾歯科医院

厚生薬局

小松薬品

いちます接骨院

名倉接骨院

金融機関&郵便局

常陽銀行ヨークベニマルATM

日立河原子郵便局

おみやげ